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第85話 三年前、カエルは月鏡の前で兄を抱いていました

last update publish date: 2026-10-29 09:56:36

第85話 三年前、カエルは月鏡の前で兄を抱いていました

 三年前の夜、カエル・ドラヴェンが月鏡の前で何をしていたのかを示す映像が復元できたという知らせが届いたとき、私は嬉しいとは思わなかった。

 むしろ最初に思ったのは、これを本人へ見せていいのだろうか、ということだった。

 カエルが失っている三日間は、単に「事件について覚えていない時間」ではない。その始まりには兄の死があり、その直後には急な王位継承、王血月脈の過負荷、高濃度の同期薬、記憶安定処置、そして本来なら数年後だったはずの真正刻印形成が重なっている。

 もし映像の中へ、自分が兄を傷つけている姿があったら。

 もし逆に、助けようとして失敗している姿があったら。

 どちらであっても、見なかった頃の自分へは戻れない。

「先に私たちだけで内容を確認することはできます」

 ユアンが言った。

「陛下本人へは、監査上必要な部分だけ文

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    第85話 三年前、カエルは月鏡の前で兄を抱いていました 三年前の夜、カエル・ドラヴェンが月鏡の前で何をしていたのかを示す映像が復元できたという知らせが届いたとき、私は嬉しいとは思わなかった。 むしろ最初に思ったのは、これを本人へ見せていいのだろうか、ということだった。 カエルが失っている三日間は、単に「事件について覚えていない時間」ではない。その始まりには兄の死があり、その直後には急な王位継承、王血月脈の過負荷、高濃度の同期薬、記憶安定処置、そして本来なら数年後だったはずの真正刻印形成が重なっている。 もし映像の中へ、自分が兄を傷つけている姿があったら。 もし逆に、助けようとして失敗している姿があったら。 どちらであっても、見なかった頃の自分へは戻れない。「先に私たちだけで内容を確認することはできます」 ユアンが言った。「陛下本人へは、監査上必要な部分だけ文章で説明する方法もあります。映像そのものを見る必要はありません」 私は頷いた。「それも選択肢として出しましょう。ただし私が先に見た場合、あとから説明するとき無意識に表情へ出る可能性があります」「そこまで気にします?」「この人、最近かなり私の顔を読めるようになっているので」 隣にいたカエルが呆れた。「本人を目の前にして、俺の映像をどう扱うか勝手に相談するな」「では聞きます。三年前の月鏡関連映像が部分復元されました。あなたと、兄君と思われる人物が映っています。ただし内容はまだ私も見ていません。あなた自身が先に見る、私たちだけで確認して必要事項を文章で伝える、映像を見ずに解析結果だけ聞く、今日は何も確認しない、この四つから選べます」 カエルは私を見た。「お前も見ていない?」「はい」「俺が見ないと言ったら?」「

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    第84話 監査官を殺すより、監査結果を信じられなくすればいい 私が一度も書いた覚えのない文章へ私自身の署名が付され、「古代原典の一部は王権制限を目的として意図的に再構成した」と記載された偽造頁が、独立鑑定へ送る資料の中から発見されたという報告を受けたとき、最初に感じたのは恐怖より怒りだった。 誰かが私を殺そうとすることには、ここ数週間で嫌になるほど慣れてしまったと言えばおかしな話だが、襲撃者なら捕まえられるし、毒なら成分を調べられるし、刻印を偽造されたなら亀裂を見つけられる。しかし、「リア・ヴェイルは政治目的のため古代資料を書き換えた監査官である」という疑いを一度社会へ撒かれた場合、それを完全に回収することは、焼かれた紙を復元するよりずっと難しい。「問題の頁を原本から隔離し、誰が最初に触れたのかを時刻順で全部出してください。それから私の署名について、通常の筆跡照合だけではなく、月印認証と使用されたインク、紙の年代、押印圧まで分けて調べます」 私は王都から送られてきた複製映像を見ながら指示を出した。 ユアンがすぐ隣で補足する。「偽造頁が見つかった箱そのものは、北境から直接発送した複製ではありません。北境原本を王都の中継監査所で再複製し、独立鑑定員へ配布するため十二部へ分けたうちの一部です」「つまり、北境を出たあとに混入した可能性がある?」「あります。ただし北境で作成した複製そのものが差し替えられていた可能性も、まだ排除できません」「では、私たち側の保管記録も全部止めて確認します」 セレーネが困惑した顔をした。「でもお姉様、原本はここにあるでしょう。偽造頁と見比べれば、どっちが本物かすぐ分かるんじゃないの?」「私たち自身は分かります」「だったら」「外の人も同じように信じてくれるとは限りません」 私は自分でも嫌になるほど、その言葉を冷静に言えた。「私が『こちらが本物です』と示して

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    第82話 母の記録には、カエルが三年前に死ぬ未来が何通りも残っていました カエル・ドラヴェンが本来の自然接触時期まで私と出会わなかった場合、死亡する確率は六八パーセントだったという月鏡の記録を初めて見たとき、私は無意識のうちに「三年前の誰かが、カエルが殺される未来を知っていたのではないか」と考えていた。 けれど、第零資料室で月鏡そのものが未来を一つだけ見通す神具ではなく、血統、月脈、生活環境、過去の選択から膨大な未来候補を計算する装置だったと分かった以上、その六八という数字についても、誰か一人に殺される確率なのか、病死なのか、戦死なのか、それとも複数の危険をまとめた数字なのかを分けなければ、また自分たちに都合のいい物語を作ることになる。 そこで私は翌朝、眠る母セラの中へ保存されている「R.V.未来記録」そのものではなく、その外側へ複製された月鏡演算索引だけを読み取る許可を申請した。「昨日と同じ制限でお願いします。母本人の人格記憶へは入らず、月鏡から受信した未来候補の目録と、その計算条件だけを確認します」 老医師は構造図を見ながら頷いたものの、今度は少し難しい顔をした。「昨日の外部証言殻よりは一段深い場所へ入ります。セラ夫人自身の記憶には触れませんが、月鏡記録と本人神経系の境界に近いため、反応が上がった場合は自動停止させます」「母が目を覚ます可能性は?」「この処置だけなら非常に低いでしょう。ただし、以前お伝えしたとおり、セラ夫人の内部記録には現在二十四歳のリア監査官に関する更新まで届いていますから、月鏡側があなたを認識して何らかの応答を返す可能性までは否定できません」 その言葉を聞いたカエルが、通信鏡の向こうから眉を寄せた。『俺の王血は近づけないままでいいんだな』「はい。あなたは地上から通信参加です。昨日と同じく保存区画側へ映像も音声も返しません」『それなら従う。ただ、今回は俺自身の死亡予測を読むんだろう。内容によっては途中で俺にも選ばせてくれ』

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    第81話 犯人は監査院の中にいる――でも、内部権限を持つ人間全員を犯人にはできません 月印監査院中央資料庫への襲撃から一夜が明けても、王都ではまだ焦げた紙と月銀溶剤の臭いが建物の奥へ残っているらしく、北境第三静養所へ送られてくる通信映像の向こうでは、煤で黒くなった壁を背にした監査官たちが、眠っていない顔で一人ずつ自分の権限鍵を提出していた。 私はその映像を見ながら、昨夜から何度目になるか分からない濃い茶を口へ運び、すぐ隣からカエルに「それを飲み終えたら一度水を飲め」と言われたものの、今は返事をしている余裕がないという顔をしたところ、「返事を省いても聞こえていないことにはならないぞ」と追加されたので、仕方なく水差しへ手を伸ばした。「あなた、共有を閉じてから私の生活管理が細かくなっていませんか」「以前は刻印越しに疲労が分かったから、ここまで言葉にする必要がなかっただけだ。今はお前が平気な顔で三時間同じ椅子へ座っていても、本当に平気なのか分からないから聞いている」「監査中に三十分ごとに水分確認されると集中が切れます」「昨日、昼食を一時間半の休憩だと約束したのに四十分で資料を開いた人間が、自己管理について俺へ文句を言う権利はあまりないと思う」「細かいところまで覚えていますね」「お前相手では覚えていないと負ける」 向かいで認証履歴を整理していたユアンが、笑うべきか黙るべきか迷ったような顔をしたので、私は彼へ「今の会話は監査記録へ入れなくて構いません」と伝えた。「僕も入れるつもりはありませんでしたが、リア監査官の水分摂取量まで監査記録へ残すようになったら、さすがに業務範囲を見直したほうがいいと思います」「そうしてください。それより、四本の院長代理鍵について進展はありましたか」 ユアンはすぐ仕事の顔へ戻り、壁面へ四つの認証波形を映した。「現在有効な院長代理鍵は、第一副院長エドガー・ロウ、第二副院長ミリア・フェン、中央法制監査長ガルド・ヘイン、それからエリアス

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